2011年10月06日

震災ガレキで『公園』を作った町

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ロープでタイヤをぶら下げてブランコに。ベニヤ板を並べて滑り台に。土管を地下に埋めた"地下通路"もあります。赤や黄色のペンキで彩られたここは「みんなの仲良し広場」。大船渡市三陸町越喜来(おきらい)地区で、7月10日にオープンしたこの公園は、震災ガレキを上手に組み合わせて作られています。

3月11日に発生した大津波によって、この地区では264戸の家屋が全壊しました。漁協の関連施設や三陸畜養センター、アワビ種苗センターなども壊滅し、漁船は230隻中、200隻が流失・破壊されました。地区の死者・行方不明者は97人に上ります。

「被災後まもなくして、これからの越喜来をどのような形に復興していこうか。暗いテントの中で、毎晩のように話し合いました。その中で、子どもたちにも一緒に参加してもらおうということになりました」
公園建設に携わった、片山建設の片山和一良社長はこう語ります。


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かつての商店街に、みんなが集まる場所をもう一度作ろう。そこに未来の越喜来をテーマにした絵を掲げて、思いを届けよう。復興の構想に賛成した多くの子どもたちによって「みんなの仲良し広場」は作られていきます。

なぜ、ガレキを活用したのでしょうか。
「ありものを買って、ただ持ってくる。そういうことをしたくなかったのです」
力強い意志とともに答えが返ってきました。それがガレキであるかどうかは関係ありません。ただ、未来の越喜来は自分たちで作るという意志を、子どもたちを巻き込んで形にしたかった。そのために、使えるものを使っただけです、と。


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公園には15名の子どもたちが共同でベニヤ板に描いた、幅5メートルほどの絵が飾られています。山は緑にあふれ、色とりどりの花が咲き、動物が笑い、鉄道が走り、三角屋根の家が建ち並ぶ。未来へのあたたかい決意が込められていました。


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仮設住宅から徒歩10分の場所に作られた「みんなの仲良し広場」は、子どもだけでなく、大人も集まる「たまり場」になっています。

広場の看板に、ペンキで大きくこう書かれていました。
「ここがオキライですか? ハイ!! でも でも だ〜い好きです!」





2011年10月05日

災害廃棄物の仮置き場

東日本大震災の災害廃棄物は、まず『仮置き場』に運ばれ、その後中間処理を経て、リサイクル、あるいは焼却・埋め立てされる計画となっている。

各地の仮置き場の様子を紹介する。


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こちらは仙台市の仮置き場全景。もともとは運動公園や馬術場だったおよそ100ヘクタールの敷地である。


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近寄ってみると、粗大ゴミや鉄くずなどが種類ごとに分別されていることが分かる。


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車中から撮影したのでブレてしまっているが、こちらは石巻市の仮置き場。仙台市に比べると、鉄くずや建材などが混じり合っているようだ。また、うずたかく積まれた仮置き場の頂上からは、白く煙が吹き出しているのが見てとれた。


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こちらは岩手県陸前高田市。「奇跡の松の木」のすぐ対岸の仮置き場。ここもかなり高く積まれている。


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こちらは岩手県大船渡市三陸町。鉄くずはプレスされ、漁網などもひとまとめにされている。

廃棄物処理に関しては、初期の段階で県と国とがどちらも主導せず、「地域任せ」になってしまったことが、各地の災害廃棄物処理がバラバラになってしまった原因と言われている。

運営に関する問題は、ニュースにもなった。仮置き場の火災だ。

9月16日に宮城県名取市で、仮置き場の大規模火災があったことがニュースで取りあげられたが、環境省の資料によると、これまでに宮城県の仙台市、石巻市、気仙沼市、名取市、亘理町、東松島市の8か所で10件の火災が生じている。

廃棄物資源循環学会の作成した『災害廃棄物分別・処理戦略マニュアル』では、仮置き場の運営に際して、
・発熱防止のため、高さ5メート以上積み上げることを避ける。
・延焼防止のため、山の間隔を3メートル以上あける。
・消火のため、ゴミとして出された消化器をまとめて保管しておく。
という点を注意している。

環境省も5月10日に「仮置場における火災発生の防止について」という文章を発表し、同様の内容を注意喚起してきたが、全ての仮置き場に反映しきれていないのが現状だ。もともと平野部が少ない三陸の土地で、仮設住宅用に土地を探し、車両保管用に土地を探し、そして仮置き場用に土地を探した。たしかにその状況では、一刻も早い撤去との両立は、簡単ではなかった。

なぜ仮置き場での火災が起きるのか。ざっと調べてみた。熱を生じる主な原因は微生物による代謝や化学物質の水和反応。山の高さが5メートルをこえると、表面からの放熱よりも、内部への蓄熱のほうが上回るようになる。そんな状況の中、嫌気性細菌のはたらきによって生じるメタンガスが、不飽和脂肪酸の酸化熱によって着火する、ということらしい。

現在はガス抜き管の設置作業を防火対策として行っているようだ。


2011年10月04日

子孫からの預かりもの

「被災地支援で風向きが変わった。子どもの代でやってもらおうと思っていたことが、自分の代でできるかもしれない」
仙台で"15代"続く農家のことばだ。320年の歴史を持つと、なるほど想定のスケールが大きい。

大きなタイムスケールを描いたひとつのグラフを思い出した。紀元前1万年から、起源1万年までの時間を横軸に、エネルギー消費量を縦軸にしたグラフだ。


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これは、東大の安井至名誉教授が3Rに関する講演で使用したものだ。2万年のタイムスケールでながめると、どれだけ現在のエネルギー消費が莫大で、どれだけ短期間しかもたないかが見てとれる。この「化石燃料時代」はわずか500年だ。

「自然は祖先からの贈り物ではない。子孫からの預かりものである」というインディアンの言い伝えがある。いまはアリゾナ州の保留地に住むホピ族の思想だ。6月12日に菅首相が開いた自然エネルギーに関する有識者懇談会で、日本サッカー代表の岡田武史前監督が紹介していた。

1000年後の世界に、なにを返すべきだろう。


2011年10月03日

青森・茨城・千葉の復興プラン

以前の記事で、岩手・宮城・福島の復興計画の比較をした。続いて、青森・茨城・千葉の3県を見てみる。県として「復興プラン」がまとまっているのは青森だけだったので、茨城は日立市、千葉県は旭市と、もっとも被害の大きかった自治体の復興計画を参考にした。

各プランを見るまえに、東日本大震災による被害をおさらいする。

●死者行方不明者数
青森県:4名
茨城県:25名
千葉県:22名

●災害廃棄物発生量
青森県:16.1万トン
茨城県:62.3万トン
千葉県:12万トン

岩手・宮城・福島の復興計画は、新しいまちづくりの提案からはじまったが、青森・茨城・千葉各自治体の計画書は、復旧に関する対応事項一覧、といった内容になっている。

たとえば、青森県の復興計画では、冒頭に被害状況の概況について触れた後、6ページ目から早くも「義援金の支給」「県営住宅の提供」「雇用調整助成金制度等の周知」「被災した児童生徒の心のケア」と、具体的な対応項目が列挙されている。このつくりは、茨城県日立市、千葉県旭市においても同様に見られた。

災害廃棄物の処理に関していえば、青森県はその処理を「1年以上」としている(岩手・宮城・福島は3ヵ年計画)。撤去は本年6月に完了とのこと。茨城県日立市は本年度中に処理を終える予定で、千葉県旭市は「大量に発生した災害廃棄物の処理について、千葉県および千葉県産業廃棄物教会の支援を受け適正処理を実施します」との記載があるのみだった。いずれも、とりたてて大きな扱いではなかった。

ひとつ特徴的だったのは、青森県の復興プランである。52ページの同書のなかで、東北新幹線全線開通と「青森ディスティネーションキャンペーン」に関する記述が"三度"繰りかえされていた。

「……自粛ムードを払拭し、東北復興の気運を盛り上げていくためには、観光産業の活性化を図り、国内外からの誘客を促進し、青森そして東北の素晴らしさを広く、つよく発信して行くことが非常に重要です。」

確かに、青森県は盛んにPRをしていた。



これは、三浦春馬主演の東北新幹線開通CMだ。2010年12月開通にあわせて、全8回の連続ドラマ仕立てにしている。東京コピーライターズクラブのグランプリも受賞したCMである。新幹線開通にかけた意気込みが分かる。それだけに、震災による停滞が大きな痛手になったのだろう。たしかに、岩手・宮城・福島は、首都圏から青森へ行く際の"通過点"だけに、青森への誘因による波及効果がありそうだ。


2011年10月02日

被災地での「遊び」

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NPOコペルニクのプロジェクトによって、折りたたみできるソーラーパネルが被災地に届けられたときのこと。

「よかった、これで子どもたちがゲームで遊べます」


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宮城野東小学校に慰問に訪れた、高橋尚子さんの言葉。

「わたしはいつも駆け回って遊んでいるような子どもでした。いまは運動場が避難所や仮設住宅になってしまい、自由に走り回ることができなくなって、辛いと思います。だからきょうは思いっきり遊ぼう!」


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岩手県の大船渡市三陸町越喜来(おきらい)地区では、震災ガレキをつかった遊び場がある。ロープでタイヤをぶら下げてブランコに。ベニヤ板を並べて滑り台に。土管を地下に埋めた"地下通路"も。地元の建設会社と、子どもたちがいっしょになってつくりあげたここは「みんなの仲良し広場」。


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『NIKKEI DESIGN』8月号の特集で、「サッカーボール柄のガムテープ」が紹介されていた。制作したMAGIS社は、由来をこう説明している。「イタリアでは第二次世界大戦後、おもちゃさえ持っていない子どもたちがたくさんいた。そのため、限られた乏しい材料でおもちゃを作らなければならなかった。その材料の一つが、家庭にあった粘着テープだった。彼らは粘着テープでできたサッカーボールを生み出した。(たいていは、ボールを重たくするために、ぼろ布もテープと一緒に作われた。)」


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同じく『NIKKEI DESIGN』5月号で紹介されていたのは、災害用に開発されている「ブランケット付きぬいぐるみ」の試作品。Amazonで探してみたら、"Zoobie pets"という似たコンセプトの商品が見つかった。



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