2011年08月30日

支援を、そして、自立への手助けを

復興支援活動をしていく中でお世話になった仙台の農業生産法人『舞台ファーム』さんのwebサイトにて、東日本大震災のコラムを10回に渡って書かせて戴きました。順次転載していきます。これは7月14日に書いた、第六回目の記事です。

8月17日時点で、公民館や学校などの避難所8,646人の方が暮らしています。
(東日本大震災復興対策本部『全国の施設別の避難者等の数』より)


−−−−−−−−−−−−−−−−–−−−−−−−−−−−−−−−−–

「無料での物資提供はやめてほしい。自立の第一歩なのだから」
ニッペリア仮設住宅の管理担当者はそう語る。

避難所を離れて、家族で生活していく。仙台市若林区の運動公園「ニッペリア」内に建設されたこの仮設住宅での暮らしこそが、独り立ちのスタート地点なのだと。だから、タダで物を配るのでは無く、値段を付けて販売してほしいと。

舞台ファームはマルシェ・ジャポン センダイと連携して、仮設住宅への定期的な出張販売を実施している。先日は、荒井土地区画整理事業地にある仮設住宅「東通(ひがしどおり)仮設住宅町内会」での販売を行った。開店前に、キャベツやトマト、バナナや桃といった新鮮な野菜・果物を並べていると、20名以上の行列ができた。ここには仮設住宅194戸が完成し、約120世帯、250人が入居している。

「ふだんは車を持っている人に、買い物を頼んでいる」
そんな声を聞いた。

仙台市では、まもなく避難所が閉鎖される。4月12日には2,829人だった避難者数も、3ヵ月たって295人にまで減少した。仮設住宅での暮らしが、各地ではじまりつつある。

仙台市の中で最も被害の大きかった場所の一つ、荒浜地区では、建物のガレキは大部分が撤去され、基礎を残すのみとなった。塩を被った畑は、しかし一面に雑草が生い茂っている。夏空に緑が映えて、一時期に比べれば安堵できる光景だ。たとえ、その下には、ゴミやヘドロが覆い隠されているのだとしても。

「更地になって、ようやくゼロ地点。ようやくスタート」
市のある職員は、そうつぶやいていた。

だが、仙台を離れると、状況は一変する。避難者の数を見れば一目瞭然だ。石巻市は4,209人。南三陸町では2,360人。気仙沼市では2,015人。宮城県全体では12,932人と、4ヵ月経過したにもかかわらず、1万人以上が避難所で暮らしている。

すべての人がスタートラインに立つには、まだ時間がかかる。もちろん、支援物資も必要だ。

我々は、仙台市・石巻市・気仙沼市・女川町・名取市・山元町・亘理町・福島県相馬市など、
計47ヵ所に、110トンを越える物資を届けてきた。提供した炊き出しも、累計で22,000食以上だ。つい最近も、気仙沼市へ夏服やサンダル・生活家電を運搬した。避難所に入れず、物資を受け取れない「自宅難民」の方々に対してだ。

124日が経った。

すべての人がスタート地点に立てるような支援を、そして、自立への手助けを。舞台ファームは「継続」していく。


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。