この本で紹介されている製品のいくつかは、実際に東ティモールで見てきた。
原題は "DESIGN FOR THE OTHER 90%"。世界の人口のうち、先進工業国に住む富裕消費者は、わずか10%。このブログにアクセスできて日本語が読める人は、ほぼ確実にこの層にあてはまる。
THE OTHER 90%(残りの90%)は、水や住まい、食べもの、移動手段、医療といった、あたりまえに思えるニーズが満たされていない。生きることができ、教育が受けられ、収入を増やす。そのために、デザインはできることがある。
250ドルの貯水タンクを、40ドルで作るには?
菜園用の給水システムを、3ドルで作るには?
「彼ら」のニーズを満たし、かつ手に入る価格の製品を作ることができれば、農業生産が向上し、収入が増え、生活水準が向上する。しかも、地球の人口の90%、莫大な市場だ。ポール・ポラックは低価格デザインの意義をこう答える。「それがお金になるからだ」。
世界中で5歳以下の子供の死亡原因の一位は、呼吸器疾患だそうだ。原因は、屋内調理の煙を吸い込んだため。より良質な燃料を作る技術を提供できれば、健康にはもちろんのこと、森林伐採による環境破壊、ひいては、家計の助けにもつながる。
MITが開発したのは、薪とドラム缶とサトウキビとキャッサバで炭を作る方法だ。
「おそらく、ここ数年、あるいは数十年にMITから出た技術のなかでもっとも単純な技術だろう。だが世界中の何百万人もの人びとの生活に今すぐ大きな影響を与える可能性を秘めている。」MITの講師であるエイミー・スミスは、デザインには"共感的理解"が必要だと、学生たちに1日2ドルで一週間暮らすことを課している。
こうした、新しいデザインの考え方は、途上国のみに適用されるものではない。先進国にもまた貧困は存在し、また拡大する。たとえば「災害」によって。本書で紹介されているのは、アメリカのメキシコ湾沿岸を襲ったハリケーン「カトリーナ」後の復興プロジェクトだ。
カトリーナの被害を受けて倒壊した建物の木材を活用し、家具を作るプロジェクトが展開されている。このプロジェクトは「家具を作ること」が目的なのではない。被災者に家具を作る技術や工房の運営、マーケティングを研修で伝え、「経済的に自立させること」を目的としている。回収された糸杉やダイオウ松が、破壊された教会の信者席や、移り住んだ人びとの思い出のテーブルとなって販売され、スツールとして大量生産されて、量販店に並んでいる。
日本でも、東日本大震災を受けて、倒壊した建物の建材、あるいは流木を部品の一部にして、和太鼓やギター、ウクレレといった楽器を製造・販売するプロジェクトは始まっている。(ZERO-ONE PROJECT)
"可能性"の話でいえば、気候変動と資源の枯渇が進み、先進国が「残り90%」に入る可能性もある。10年後か、50年後か、300年後かは分からないが。「世界を変えるデザイン」は、その時のための備えでもあると思う。